七福神図(合筆) 北斎 jpshokusaib64

七福神図(合筆) 北斎

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七福神図(合筆) 北斎
絹本淡彩一幅
49.9×71.3cm
葛飾為一筆印
日本浮世絵博物館蔵
 葛飾派一門による七福神図の寄描きである。その内容は北斎(松に宝棒の見立てで昆沙門天、落款は「葛飾為一筆」)、二代目北斎筆(弁財天)、北岱(寿老人)、北山(布袋)、北秀(蛭子)、北渓(福禄寿に鶴)、二代戴斗(大黒天)となっています。これらのうち、あまり閲歴の紹介されていない北岱、北山、北秀につき簡単に触れておきましょう。
 北岱は葛飾を画姓とし盈斎、辰々子、雷斗(天保年間に二代雷斗を号したといわれますが、文化末年頃の肉筆美人画図に「辰々子雷斗画」の落款のあるものが知られる)などを号しました。浅草に住したといわれ、享和から天保年代
(1801~44)にかけて肉筆画、版本の挿絵。錦絵などを発表し、相当の技量を示しました。
 北山に関しては本図以外の作品の存在を聞かず、全く未知の絵師です。
 北秀は江戸の人で貴島氏、名を経正、俗称を成一といいます。画姓には葛飾を用い、如柳軒、如柳。戴藻舎などを号しましたが、貴島北秀成一と署した作品も現存します。また北斎と同じく「よしのやま」の印章を用いたものもあります。北斎の戴斗時代からの門人といわれ、文政頃から天保(1818~44)にかけて摺物や版本の挿絵を発表しています。年代の明らかな作‥四としては、「天保十三年仲春」の年記がある『自画図式』という絵手本の稿本が知られています。
 以上のような顔ぶれです。ところで、葛飾派には、本図以外にも幾例かの寄描きが確認されてはいるか、そのほとんどは北斎や二代北斎を含まないもので、この面から葛飾派研究上きわめて貴重な作例ということができましょう。たとえば、制作年代が文政末から天保初年頃とみられ、該期における門人の画風や落款の筆癖が窺われることはもちろん、通常寄描きの場合には持回りで制作することが多いですが、本図は墨色や印色が同一であることからみて、七名が一緒に作画したとみられ、各々の動静を検討するうえからも貴重なものといえるのです。
葛飾 北斎 Hokusai Katsushika

Wikipedia Hokusai Katsushika

ウィキペディア 葛飾 北斎

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