江戸八景 両国・不忍 えどはっけい りようごく しのばず jpshohi09

江戸八景 両国・不忍 えどはっけい りようごく しのばず

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江戸八景 両国・不忍 えどはっけい りようごく しのばず

葛飾北斎筆
小判釧絵揃物(八図)
落款 なし
版元 不明
縦 8.7cm
横 11.6cm
享和末期~文化初期(1802~04)頃
兵庫神戸市立博物館
 この八枚連作には、入れ物の袋がついており、その表には題名と「北斎先生図」の筆者名のほかに、拡大鏡の図と「阿蘭陀画鏡」の文字がみられます。この拡大鏡は微塵銅版画という当時の日本ではすでに司馬江漢も制作している極小サイズの銅版画を見る器具です。これを絵にしているところをみますと、北斎もこのころ、オランダ渡りの銅版画と拡大鏡を見知っていたのでしょう。
 いうまでもなく、当時茶摺と呼ばれたセピアを主調とするこれらの風景画は、西洋銅版画の画風の模作にほかならないのですが、それとともに額縁形の枠や画面にほどこされたつや出し、板ぼかしによる陰影表現など、明らかに油絵の画面を意識した形跡もみられます。
 北斎が油絵や銅版画などの西洋の絵画を、どれだけ見ることができたかは不明ですが、同時代の洋風画家として司馬江漢や亜欧堂田善がおり、彼らの作品をとおして北斎も西洋絵画の一端を垣間見ることは十分に可能でした。
 「江戸八景」がこのように洋風表現の摂取のあとが色濃いことに加えて、享和末から文化元年ごろには、亜欧堂田善がやはり「江戸八景」とほとんど同じ判型の、豆判による江戸の名所図の連作を発表しています。制作年は明確を期しがたいですが、これらの点から考えて、「江戸八景」は、田善の作品に接した時期の制作ではないでしょうか。
 なお北斎の「近江八景」は、技法・判型とも「江戸八景」とほとんど同じであり、この両者は同時期の出版とみてさしつかえないようです。
葛飾 北斎 Hokusai Katsushika

Wikipedia Hokusai Katsushika

ウィキペディア 葛飾 北斎

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