読本『椿説弓張月』続編 巻之五挿絵 よみほん ちんせつゆみはりづき ぞくへんまきのごさしえ
葛飾北斎筆
曲亭馬琴作
墨摺半紙本(六冊)
版元 平林堂庄五郎
縦 22.6cm
横 15.6cm
文化五年(1808)
この場は前景に新垣殺しの場を、そして中景から後景にかけて新垣を探す彼女の息子たちの姿を同時に描きます。このように異なった場所・時間でのできごとを、対位法的に同時に同一画面に描くというのも、北斎読本挿絵の大きな特色となっています。
ここでの描写の主眼はもちろん前景の殺人の情景です。
妊婦新垣の腹を切りさいて、その胎内の子を奪いとるという、なんとも残酷で目をそむけたくなるような場面です。
おびただしい血の海の中で、新垣は苦悶に絶句し身をよじっています。その腹部には阿公の残忍な凶刃が突きたてられ、妖婆の手には新垣の腹から取りだした胎児が、臍の緒をつけたままでつかみあげられています。
リアルな殺しの描写の一方で、北斎はそのかたわらに美しく可憐な花を描きそえます。それは醜怪なこの場にいちまつの救いを与えるとともに、ドラマではあるが新垣に科せられたどうしようもない悲劇的な宿命に対する、北斎の思いをあらわしているようでもあります。
葛飾 北斎 Hokusai Katsushika