四季山水図巻 Four Seasons landscape view 雪舟 Sesshu jpssesh10

ライン四季山水図巻 Four Seasons landscape view 雪舟 Sesshu国宝 1486年(文明一八) 紙本墨画淡彩 一巻 39.8×1653.0cm 山口 防府毛利報公会
 雪舟画業の全てを、この巻物に圧縮したといってもよいほどて、また雪舟自身もここに全力を振り絞って描き上げた大画巻てある。この制作に至るまて、幾度かの構想の変化、失敗、習作が行なわれたてあろう。また入明以来記憶に残っていた風物や、帰国後日本各地を巡って得た山水観等、すべてが雪舟の確固とした自信の上に展開したものと考えられる。多くの経験を生かし、中国と日本との山水観の違いをよく整理し、自然の流れに添わせながら、四季の推移と共に変貌させてゆくこの努力は、画巻を見つめているうちに理解されよう。いわば、雪舟自らの生涯と、心情の歩みを記録しているかのようてある。雪舟自身、六十歳代の自画像的な意味を充分に踏まえての作品て、生ける哲学の表示に努めたと言えよ また、入明に際しての援助を惜しまず、帰国以来彼の我催も許して、自由に振舞わせた大内氏一家に報ゆるための、献身的努力という意味も介在して、この画をは当時の主人、大内政弘に献じられたと伝えられる。
 画家が報恩の印として、作画を贈ることは、昔から行なわれたことてあるが、大恩人のために平生の大作を贈つた意味は、巻末に書かれた款記がこれをよく証明している。「文明十八年嘉平日天童前第一座雪舟叟等揚六十有七歳筆受」と年記があり、これは最も自己画風の進展を見たと自信を持って書したのてある。画家が自作品に年記を書くということは、従来から、何らかの意味を託して書き入れるということてあった。雪舟の場合は修業遍歴の生活に区切りを付け、周防に定着して、今後画業一本に専念する、という意味の現われてもあったろう。また夏圭風の画法を学んだとは言え、もはや夏圭から脱して雪舟自らの画境に到達したことをも意味している。それは款記の後の「筆受」という字句がこれを示している。元来「筆受」は、誰々の画法を受けついだ、という意味と解釈されていた。つまりこの場合、彼が遜った気持ちて先師の筆法を受けて描いた、とのように解されがちてあるが、むしろその逆て、誰々の筆意を模したり、受けたのてはなく、自信を持って自己の筆法を天下に残しとどめる、という意味のものてある。形式的には、筆受」の字句を用いたが、自分の気持ちとしては六十七歳の折まての画境の状態を示すものだという、確固たる自己披源立証なのてある。
Sesshu 雪舟

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