山水図 龍崗真圭賛 さんすいず りゅうこうまさけいさん Landscape view of the Word of Ryukou Masakei has entered. 雪舟 Sesshu jpssesh30

山水図 龍崗真圭賛 さんすいず りゅうこうまさけいさん Landscape view of the Word of Ryukou Masakei has entered. 雪舟 Sesshu

ライン山水図 龍崗真圭賛 さんすいず りゅうこうまさけいさん Landscape view of the Word of Ryukou Masakei has entered. 雪舟 Sesshu
紙本墨画 一幅 80.8×32.7cm
 この図は李孫、朴衡文の賛を伴った「山水図」と同類の作品で、周文画様の山水図である。しかし、近景の岸辺から中景の樹林や径路を通して、遠く寺の楼閣や、連山へと導く奥行のある構成法は、むしろ雪舟ならではの整然たる確かな構図である。
 図上には当舟に「雪舟二字説」を与えた龍崗真圭の賛を伴い、詩画軸の形態をそなえた作品である。この真圭との交際は、雪舟の画人としての性格を左右する程重要な意味があり、真圭が京都鹿苑院を去ってから、大内氏のもとで生活していたことも、雪舟にとって重要な関係があった。龍崗は、山舟に号をつけた名付親であったことと、大内氏縁者との関連で、政治的に大内政弘のために支援していたようである。香積寺に入寺した経験もあり、再度の来山もそれを物語っている。かつて呑積寺五重塔(現瑠璃光寺・捕5)の初層に安置されたと伝える像は、現在洞春寺に移された真圭像(塑造)である。この像の存在と寺との関係から考えて、彼の寂年は判然としないが、山口の地て没したかと思われる。因縁浅からぬ両者の結び付きを、この幅は包蔵している。画様から見て、また「雪舟筆」と落款を書いているところから、入明以前てはないかと説くところもあり、にわかにそれと判断は出来ないが、号をもらった当時の画風を考えれば、まだ入明以前のため、画風が周文風に従っていた時期にも当る。入明後はがらりと画風が変化するのて、この作を文明期に入ってからとは考えにくい。
※賛(さん)とは、東洋画において、主に鑑賞者によって作品に書き加えられ、書作品また文芸作品として、もとの作品の一部とみなされる鑑賞文、賛辞。絵画作者自らが賛を書くことを自画自賛という。
Sesshu 雪舟

Wikipedia Sesshu

ウィキペディア 雪舟

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