山水図 李孫・朴衡文賛 さんすいず りそん・ぼくこうぶん Landscape view of the Word of Rison and Bokukobun has entered. 雪舟 Sesshu jpssesh34

山水図 李孫・朴衡文賛 さんすいず りそん・ぼくこうぶん Landscape view of the Word of Rison and Bokukobun has entered. 雪舟 Sesshu

ライン山水図 李孫・朴衡文賛 さんすいず りそん・ぼくこうぶん Landscape view of the Word of Rison and Bokukobun has entered. 雪舟 Sesshu
重要文化財 紙本墨画淡彩 一幅 88.3×45.6cm 兵庫 香雪美術館
 中央に突兀した山を描き、前景に巨岩を配し、水辺には一般の舟と釣竿をかつぐ漁人が、稲妻形の道に向かって歩を運ぶ。この山水画形式は、かつての周文様山水図を継承していると言えるかもしれないが、岩組に量感を添える配置、墨色の使い方、鋭い松の表出法、遠景にのみ楼閣を描き、人物と曲折する道、巨岩だけで前・中景を処理する方法などは、雪舟独自の画様である。いわばこの画様は室町期を通じての山水画様式の典型であって、よく古様を踏まえながら、雪舟囚固有の迫力ある筆法を駆使していると言えよう。それに、上部の賛者は今朝時代の政府要人であるから、外交上の面からも、当時の日本国を代表する画様を描き与えたものと考えられる。
 賛者の李孫、朴衡文の両人は、李朝から派遣された国使で、文明十ー年(1479)日本国通事に随行してきたが、しばらく大内氏の許に滞在していた。その折雪舟にも山口で逢い、作画を所望し、賛を書したものであろう。雪舟六十歳前後の作画状態がわかると共に、当時の日韓関係を物語る、重要資料とも言える。いわば外交辞令的な意味が含まれていて、その朝鮮国使接待の意味も含まれていたのである。さらにその背後には、大内氏と朝鮮との大きな外交上の役割を持っていたのてあった。李朝の国賓が賛を加えたほどてあるから、この図と、これに類した図が二点あり、一方には我が国の周防国の国守か著名僧が賛を賦し、他方は李朝国使が賛を加えというように、相互に賛を賦し交換したものと思われる。
※賛(さん)とは、東洋画において、主に鑑賞者によって作品に書き加えられ、書作品また文芸作品として、もとの作品の一部とみなされる鑑賞文、賛辞。絵画作者自らが賛を書くことを自画自賛という。
Sesshu 雪舟

Wikipedia Sesshu

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