維摩居士像 ゆいまこじぞう Yuimakoji image. 雪舟 Sesshu jpssesh47

維摩居士像 ゆいまこじぞう Yuimakoji image. 雪舟 Sesshu

ライン維摩居士像 ゆいまこじぞう Yuimakoji image. 雪舟 Sesshu
絹本墨画淡彩 一幅 170.0×148.0cm
 現在は三幅対形式の中央に人物、左右に山水図を配しているが、制作当時はこの形式てはなかったらしい。特に維摩像は、大幅てあることも注目しなければならない。堂内の石畳の上に床をひき、脇息にもたれ、四周は屏風て囲まれている。
維摩は病臥中てあったが、文殊菩薩との問答に起き上がり、それに答えたという説話て、この場面がよく描かれた。雪舟もこれを注文されて制作したのてあろうが、画申の柱の中に「呑積寺常什雪舟図之」の墨書と、「等楊」印がある。事実香積寺という寺名は、『維摩経』の香積品から取ったものて、つまり雪舟の描いた画像は、この寺の本尊画という意味があって、大変貴重な作品てある。
これは恐らく、雪舟を名乗る以前から香積寺と深い関係にあったものて、「雪舟二字説」を書した龍崗真圭も、この寺には再度来ている程てある。いわば彼にとっても精神道場としての意味と、大内氏との関係から五重塔(屈35)は、もとの香積寺の建物の一つて、寺名こそ現在は変っているが、従前から移転をしなかったことを考えれば、雲谷庵とは指呼の間にあった寺てある。そこて渡明帰国後、彼は大内氏の注文か、寺への報恩のためにても、描き寄進したのてあろう。
そのため画像も大幅に描かれたのてあろうし、この寺はまた大内氏の氏寺てもあった関係から、注文に答えて、力作を残したのてある。維摩の高貴な老翁の顔、手にもその年齢を示し、奥行のある構図の中に、ひとり老翁を浮かび上がらせるように配置し、背面の屏風には雪舟得意の溌墨山水が描かれている。これが前に居る維摩を損なわぬよう、控え目に水墨て描かれていることも、この図に一層大きさと焦点をあてている。
雪舟人物画申まことに大きな扱いと、的確な描写力と、賦彩の明瞭さは、香積寺専用の掛幅てあることを物語っている。
Sesshu 雪舟

Wikipedia Sesshu

ウィキペディア 雪舟

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