東海道五拾三次之内47番目 関宿 せき Tokaido53_47_seki 画題:「本陣早立」 wpfto5347

東海道五拾三次之内47番目 関宿 せき Tokaido53_47_seki 画題:「本陣早立」 wpfto5347

東海道五拾三次之内47番目 関宿 せき Tokaido53_47_seki 画題:「本陣早立」 現在の三重県亀山市で、亀山を出て街道は鈴鹿峠へ向かう。その麓にある宿場が関で、亀山から5.9キロメートル。
 ここで伊賀・大和へ向かう伊賀路と分かれ、また京都から伊勢参宮をする街道もここを通る。古くは、逢坂・関・不破の関とともに、ここは鈴鹿の関があって、これを三関といって有名であった。その関所の遺跡もあり、この地名となったのである。鈴鹿峠にかかる手前の宿場で、宿場女郎や飯盛女も多く、かなり繁栄を見せていたらしい。
 本陣から未明の早立をする大名の一行の慌ただしさを描いた図である。本陣は大名の泊まる旅館で、その宿場は最も格式の高い旅館であった。大名の泊まる日は、玄関に定紋の幕を張り、提灯をかかげ、本陣の主人は袴姿で宿外れまで出迎える。こうした本陣の有様、出立前のざわめきを、この絵はよく描いている。玄関にいる袴姿の男は本陣の主人であろう。すでに大名の乗る駕篭は玄関口に置かれている。供廻りの仲間や侍は早、旅装を整えて待っている。空はまだ暗い。
 歌川 広重 Hiroshige Utagawa

Hiroshige Utagawa

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