新板浮絵両国橋夕涼花火 見物之図 しんぱんうきえりようごくばしゆうすずみはなび けんぶつのず jpshohi03

新板浮絵両国橋夕涼花火 見物之図 しんぱんうきえりようごくばしゆうすずみはなび けんぶつのず

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新板浮絵両国橋夕涼花火 見物之図 しんぱんうきえりようごくばしゆうすずみはなび けんぶつのず

葛飾北斎筆
大判錦絵
落款 勝春朗画
版元 西村屋与八
縦 26.4cm
横 39.2cm
天明末期~寛政初期(1786~89)頃
長野 日本浮世絵博物館
 春朗時代、北斎は何種類かの浮絵作品を発表していますが、その多くはこの分野での先輩であり、第一人者であった歌川豊春の作品を模作したものです。豊春作品を研究することによって、北斎は西洋の透視遠近法の理解を深め、風景画に対する興味を育てていったことでしょう。
 この「新板浮絵両国橋夕涼花火見物之図」もまた、版元である西村屋が「再版」と断っているように、豊春の「江戸名所八ヶ跡両国之図 三」あたりを焼き直したものと考えられます。しかし、焼直しとはいえ、それはおもに構図の面だけです。両者を比較してみればわかるとおり、個々の図柄は自由に改変されていて、北斎自身の意志や個性が随所にみられます。結局のところこの作品は、豊春とはまったく別種の北斎自身の独立した作品として一人歩きしています。
 豊春作品では、描かれる人物や舟の数はそれほど多くはなく、ゆったりとした空間が画面におっとりとした気分をつくりだしています。ところが北斎は、両国橋の上やその川岸に大変な数の人と出店を隙間もないほどびっしりと描きこんだり、川遊びの舟を多くしたりして、両国の花火見物がいかに活気あふれる庶民の祭りであるかを描きだしてやろうと意図しています。人物の顔かたちなど黄表紙挿絵との関係から考えて、天明末期から寛政初期ごろの作品でしょう。
葛飾 北斎 Hokusai Katsushika

Wikipedia Hokusai Katsushika

ウィキペディア 葛飾 北斎

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