大谷徳次の奴袖助 写楽 jpssharaku07

大谷徳次の奴袖助 写楽

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大谷徳次の奴袖助 写楽

大判錦絵38.7×25.4cm
落款:東洲斎寫棄画
板元:蔦屋重三郎極印
所蔵:ウースター美術館
この絵の落款をみると、右隅最下部の刀の下に描き、それとI諸に蔦重の板元印と極印もその傍に書き入れて、上方のバi^ tSAl広くあけているのに興味がもたれます。普通ならば顔の前の右よりに描くであろうと考えられますが、少々窮川に感じられつつも、まとまっていて全体的に絵が広がりをみせ効果的です。
歌舞伎には悲劇、喜劇の戯曲上の区別はありませんが、道化方による喜劇的演技を行う場面が多く挿入されています。「おかしき事が実事なり、常にある事をするが故なり」(『耳塵集』)とありますが、日常茶飯事を真面目に演じてみせるところに、自然と滑稽さがあふれてきます。この道化役は老練な傍役がつとめ、当時徳次は定評を得ていました。そのムードをこの絵もよく表出して喜劇的な演技を巧みに描いています。
『歌舞妓年代記』に「都座百六十三年の寿都の錦大谷徳次、沢村宗十郎、瀬川菊之丞、相勤る」とあり、三人は道化・立ち役・女形としてみとめられた地位にあったとおもわれます。
東洲斎 写楽 Toushusai Sharaku

Wikipedia Toushusai Sharaku

ウィキペディア 東洲斎写楽

本図は、寛政6年5月都座上演の「花菖蒲文禄曽我」に取材した作品。
「花菖蒲文禄曽我」は、元禄14年(1701)に実際に起こった、幼い兄弟が父と兄の仇を28年を経て伊勢国亀山城下で討ち取った「亀山の仇討ち」をもとに脚色されました。父を殺し秘伝の巻物を奪った藤川水右衛門を三兄弟が敵と狙いますが、長兄の源蔵は逆に返り討ちに遭ってしまいます。幼い二人の兄弟源之丞・半二郎が亀山城主桃井家の家老大岸蔵人の助けをかりて28年後に敵の水衛門を討ち取るという筋書きです。
第三幕で大谷徳次演じる袖助が雲助を相手に立ち回りをする場面を描いたものとされます。

e国宝から引用

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