婦女風俗十二ヶ月図 春章
絹本著色 各115.0×25.7 cm
落款:旭朗井勝春章画(第11図のみ)
所蔵:熟海美術館
松浦侯に襲蔵された什物として著名なこの風俗十二ヶ月図は、勝川春章最大の傑作であるばかりでなく、日本絵画史上でトップレベルに列する神品です。すでに重要文化財に指定されています。現在は十二幅中の一月と二月の二幅を失って完品でないのが惜しまれます。その欠損を補うて一勇斎国芳が描きましたが、それも一月が無くて「二月・汐干狩図」一幅を存しているに過ぎない(二月の幅としては主題が合わないのが気にかかりますし、書からは、松の祝い・子の日・初午などの季もはっきりしない)けれども、この十二幅に添えられた書聨はすべて現存し、成立当初をしのばせます。春章は宮川長春の孫弟子、葛飾北斎の師であり、浮世絵界きっての肉筆画系中興の祖となりました。その描くところはなはだ佳雅で、浮世絵をして史上の重きに任せたとすれば、その功は実に春章の肉筆美人風俗画の精華にあるとしても過言ではないでしょう。三月は蹴鞠 漕酒な構えの戸外に出て芙しい上翁たち四人が遊びするうち、鞠が爛漫と咲く桜につかえるのを細い棒で落とそうとするに、落花そらに知られぬ雪と散ります。狭長な画面に構図して畏閑な風趣をたたえる美の響宴です。書軸に
早潮楡去晩潮来 好騎鎖尾関陽侯 東洋源哲書
四月はほととぎす 牡丹の花が活けてあります。琵琶の抱き心地という春風駘蕩と去って青葉若葉する初夏、臥所のうちに佳人明眸やつれた燈をかかげる頃、一声鳥の虚空に鳴き過ぎるを聞きます。まことや人生の至福というもの、婦人たちの精微な衣文写し得て妙です。
此とりのわたくし雨やほとときします
みしか夜や鐘たちまちにしら曝躊
つほみにも一ひらはねて牡丹かな 諸山
五月は螢火 黒漆の文机に陶の蚊やり火、女の読みさす書に朋友は螢かごを近づけて打ち重なります。手提灯さげて道成寺の絵のある団扇片手の立つ女は、薄ものをつけて紅の下着を透かし、夜目にもしろく艶なる風情。
里々の蚊やりや月の薄くもり 蓮華庵不白
六月は行水 玉すだれを排して娘は回り灯龍をさし出すに、しのぶ草つるした格子窓のうち、母は童児と行水、やわ肌のあらわな玉体が清純で、この絵ほど女性を美の神として描くものも少ないです。
うれしさの一ふしことに今よりは
色そはるへき窓のくれたけ 千蔭
七月は七夕 三人の女の美の競艶、誰が袖の更衣、空には七夕の願いの短冊、美人画の極致というべきでしょう。
天川とをきわたりにあらねともきみかふなてはとしにこそまて憶得少年長乞巧 竹竿頭上願絲多
ひととせにひとよと思へとたなはたの逢見むあきのかきりなきかな
風従昨夜声弥悲露及明朝涙不禁
としことにあふとはすれと七夕のぬるよのかすそすくなかりける
八月は名月 鳥田髷と勝山二人、柳陰に舟をあやつり、墨絵ぼかしの月下落雁を賞します。一人一人衣裳美をこらしました。
十三弦柱雁行斜 東河源彭書
九月は重陽 階上階下、佳人と名花の競艶はすこし華麗にすぎる感がありましょう。
釆菊東簸下 悠然望南山 東里千之書
十月は炉開き 近景・中景・遠景と三段に重畳して華麗な節会を作ります。またが。
(絵)楓菜落水 田較十一月は曾見 窓外に降りつもる雪を眺め、母は子を愛して矩燧に凭れます。
雪似驚毛飛散乱 人披鶴肇立徘徊 東里千之書
十二月は節分 ひいらぎの枝を軒端にさして春を迎えます。この絵背景の松幹梅枝の描出に春章の芸の深さを示しています。旭朗井勝春章画と署名して、柳の朱印を捺して完結します。
戯逐群児焼竹爆 旋枯禿筆写桃符 東里千之書
なお、絵の失われた部分の聯は、
一月 喜見三方首 風光戯此辰 東里千之
二月 芙蓉不及美人粧 水殿風来珠翠香 東里千之書
勝川春章 Katsukawa Syunsho