駿州大野新田 すんしゅうおおのしんでん Ono Shinden in the Suruga Province.
現在の静岡県吉原市にあります大野新田を描いたもので、この付近は沼が多く、鷺などの水禽もよく見かけられたようです。本図を見ると東の空は赤く、藍と緑の淡いぼかしが加えられ、すがすがしい朝を感じさせます。芦を背に積んだ牛と共に人々が歩く様子は、日常の生活風景をとらえたもので、北斎が実際に写生をしたかのように自然に描かれています。
愛鷹山の南麓に広がる低湿地帯に「大野新田」は所在し、湖沼から富士を望む、富士の水神要素を骨子とする作品として成立しています。近景の農夫は、牛の背に枯れた葦を積み、またその先の農婦も刈ったばかりの葦を背負子で運んでいます。日神要素も排除されているわけではなく、赤く焼けた雲が夕陽の仕事帰りの風情を表現しています。
富士に掛かる架かるすやり霞は、富士の山頂と湖沼の岸とを直接結び、富士が湖沼の葦草などからできた山のように見せる役割を果たしています。そして、近景の農夫達の運ぶ葦が、その「葦の富士」に由来することを印象付けるものです。ということは、木花開耶姫命の社(富士)とその恵みの世界(大野新田)とが描かれていることになり、富士と農民の生活との一体感や共感が主題となっているのです。
葛飾 北斎 Hokusai Katsushika