国貞 五月雨の景
大判錦絵 揃物 24.8×36.8 cm
落款:香蝶楼國貞画 板元:山口尾藤兵衛 極印
「さみだれのそそぐ山田に ur乙女が裳裾ぬらして……」と、何か郷愁にも似た、ほのかな懐かしさをもつ、かつての小学校唱歌の趣が、そっくりこの画中に構成されています。早苗植える乙女ら、赤合羽をす。ぼりまと。て釣を楽しむ人物、水辺に馬の足を洗う農夫、暗君の空から、小やみなく降る五月雨と、画面全体を梅雨時の湿気を含んだ空気が包んで、紙もしっとりと濡れる感があります。当図も国貞の数少ない風景画の一枚で、山口屋版十一枚のシリーズ中、屈指の優作に数えられます。ただこの構図や人物の布置が、前回でふれた河村文鳳の絵本『文鳳山水遺稿』のなかの数図を借りきたって、巧みに翻案按排したものであることは明らかにされている、しかし、ふしぎにこの絵はそういうアセムブリズンにありがちな不統一や、しらじらしさがなく、すなおに実感を伝えてきます。絵師国貞の、自然と同化し、これに没入しえた造や感覚が、然らしめたものと解されます。また通常は雨を薄墨で衣わすのに、藍を用い、長年の変化でやや緑がかった色になった効果も、この図に新感党を付与しています。
歌川 国貞 Utagawa Kunisada