岩井喜代太郎の鷺坂左内妻藤波と坂東善次の鷲塚官太央妻小笹 写楽
大判錦絵36.7×23.0cm
落款:東洲粛寫棄画
板元:蔦屋重三郎極印
捌役の左内と敵役の官太夫のそれぞれの妻を描き、女形の善悪二人を興味深く表わしています。両人の扮装の違いにみられる役柄はともかくとして、二つ並んだ顔にその役柄の性格がよく表わされています。藤波の純情な顔つきと小笹の憎々しげな顔面描写は、それぞれ役者の写火的な顔を描いているばかりではなく、役柄をよくつかんで表わしています。
写楽作品のうち半身像の二人描写は全部で五枚ありますが、この作品のみが二人とも左を向いています。描線が多すぎるきらいがあり、色彩にも変化が乏しいです。反面、両人の于の扱いにはこころよい変化があり、視線の合致するところにも構図の巧みさがみられます。
喜代太郎は年収三百両の役者でしたが、寛政六年(この狂言上演の年)の十月役者給金引き下げで百二十両減らされています。藤波の役は「若女形上上士」、善次の小笹の役は「敵役上吉」と『評判記』にあります。このようにあまり目立たぬ役にも写楽の目は向けられていたことは注目に価します。
東洲斎 写楽 Toushusai Sharaku