虫篭をもつ母と子 春信
中判錦絵 28.3×21.3cm
落款:春信画 板元:不明
さかしらな打算を知らぬ無垢の心情を愛した春信は、純粋の恋を楽しむ青春の男女や、無心に遊ぶ腕白の幼童などとともに、本図に見るような母と子のほほえましいやりとりをもまた、特に好んで題材としています。まだ肩あげもとれない幼な子が、母親の深い慈愛をたのんで遊ぶあどけない姿は、おそらくは初老を過ぎた画家春信にとって、恋しくもなつかしい情景であったことでしょう。
ほとんど伝記的事実のわからない春信に、はたして実際に妻がおり子がいたかどうか、知るよしもありません。いずれであったにもせよ、春信の描く少なからぬ数の母子図は、たんにそうした身辺の日常をありのままに写すだけのものではありませんでしました。むしろ、彼の一貫した主題傾向に即して理解するならば、これらもまた、遊楽の世界に沈潜したのちの党めた心が、痛切に回帰を願って意想しました、郷愁の産物の一つとみなすべきものではないでしょうか。
鈴木 春信 Suzuki Harunobu