ささやき 春信
中判錦絵 28.3×21.0cm
落款:春信画 板元:不明
所蔵:東京国立陣物館
虫の音のすだく夏の宵、縁先に出て涼をとる二人の女が、なにやらただならぬポーズをとって身を寄せています。団扇をもつ藍縞の浴衣を着た女が、柱にしがみつくようにした女の耳もとに、秘めごとらしい言葉をささやきかけているのです。
当節はやりの同性愛の図とかんぐるむきもありましょうが、やはり、恋する男の意中を伝えてそそのかす女と、恋されるよろこびのうちにも恥じらいに臆する女とを描いた図とみるのが、妥当なところと思われます。
恋の情緒を美しく夢想して描き出す春信は、この図の主人公たちのように、宛転と衣文をおどらせる優艶な姿態の男女を登場させます。しかしそのやわらかく曲線的な人物の背景には、かえって、直線の与える清冽な印象を利用した、知的に澄んだ対角線構図を準備することが多いです。垂吐に立つ二本の柱を軸として、縁端や敷居のつくる左下から右上への斜線と、簾や垣、床の柾や畳のへりなどの斜線とを交差させるこの図も、繊細ななかに緊張感に富む場景が設定されています。
鈴木 春信 Suzuki Harunobu