国芳 鮒と蛸
大判錦絵 38.7×26.3 cm
落款所蔵一勇斎國芳画 板元:辻岡屋文助
二階堂浮世絵文庫
国芳は水泳の達者と伝えられますが、そのせいか水の透明感と流動感の表現や、遊泳する魚類の描写が滅法うまいです。彼が中短冊錦絵で十図制作した魚類図は、どれをとってもピチピチした鼓動の聞こえてくるような出来栄えをもちます。なかで、せせらぎに群れる鮎と、ここに掲載した蛸と鮒は、とりわけ好ましいです。濃藍と白色とがあやなす怒濤中に突出した岩角にへばりついた蛸の姿を、二色の簡単な色面処理で、柔軟な体質まで表現しえた技倆は偉とするに足ります。クレタ文明の壷の図案で著名な蛸の姿に似通う趣をもつ点も面白い’杭に寄る鮒の図は、これはまさしく水中に潜った経験のある人の目でとらえられた生態描写です。それぞれの姿態もすぐれていますが、薄墨の面と拭きぼかしでヴォリューム感を表した描写が見事です。画面を引きしめる一輪の桜花のあたりに、不規則にふくらんだ水面のゆらぎも観察力の鋭さを見せています。未裁断のまま残ったこの秀作が、いみじくも国芳の強烈と沈静の二面の性格を、またよく物語っています。
歌川 国貞 Utagawa Kunisada