玄宗皇帝楊貴妃図 存信
絹本著色44.7×64.8cm
落献:鈴木轟信
所蔵:熱海美術館
雌近の研究によると、春信の一枚絵は総点数一千点を超えると推定されています。これに存画をも含めた絵本、挿絵本の類を加えるなら、その全版画作品はおびただしい数量にのぽることでしょう。これに反して、肉筆両の方は寥々たるものであり、本図をも含めて信ずべき基準作品はきわめて少ないです。錦絵画面に見る確かな狩野派描法からも、肉筆画にもすぐれた数少ない浮世絵師の一人と考えられるのですが、木版ド絵に忙殺されて、自在に彩竹を振るう余裕が与えられなかったのでしょうか。
一竹の簡をともに吹きあう玄宗皇帝と楊貴妃の図は、男女のこまやかな愛の交換を搬いて倦まない春信の、とりわけ好んだ画題でしました。錦絵方而では多くのヴァリエーションを見せて同主題の兄立絵を作りましたが、ここでは原典に忠実な描写を守っている、謹直細樹な筆抽と清雅な色調、それに格調高い構図法など、肉筆画家としても卓抜な手腕をもつことを証明する俊品です。
鈴木 春信 Suzuki Harunobu