相州江の嶌 そうしゅうえのしま Enoshima in Sagami Province.
現在の神奈川県藤沢市江の島を描いたもので、片瀬浜から見た春の江の島です。萌え出る若葉と江ノ島弁天にいたる参道、両岸の茶店や家並みが細かく描かれています。境川から出た土砂が島まで続き、干潮の時は昔から歩けたことがこの図からもわかります。うららかな春のほのぼのとした雰囲気が伝わってくるような作品です。北斎にしては珍しく、鋭く突き詰めるような感じが無く、ゆったりとした気持ちにさせてくれます。
干潮時に現れる砂嘴によって陸と繋がる江の島の「海の道」という奇景が主題です。このように落ち着いた表現に至った理由は、江の島神社という宗教世界を描く際の礼儀からきています。逆に言えば、富士の景色よりは、江の島神社を厳かに描くことに主眼があるということでもあります。
江の島神社は、江戸時代、弁天信仰の一大拠点であり、また、江戸から格好の小旅行先として賑わいました。「信州諏訪湖」と並べて考えれば、江の島弁天の御利益は、遠望できる富士に由来するものと感じられたのではないでしょうか。江の島の岩屋は、富士風穴にも繋がるという伝説もあり、「相州江の嶌」に見られる風景は、富士の水神としての世界でもあるのです。とすれば、江の島に通じる「海の道」は、富士神霊に通じる「神の道」でもあり、その神景には奇抜な表現方法は不必要と言わなければなりません。
葛飾 北斎 Hokusai Katsushika