南楼名妓 豊広
大判錦絵 37・9×25・4cm
落款:豊廣書
板元:高須惣七
南楼は江戸の南にあたる品川の妓楼をさす意味ととれます。ここの名妓を描いたものですが、豊広としてははなはだ珍しい大首絵の様式をとっています。唯一の大首絵とまでは断定できぬまでも、きわめて稀少な作例の最たるものであります。単なる稀少価値だけでなく、出来ばえもすぐれています。ふっくらした容貌には、まだ寛政期のおもかげを宿し、薄墨のゴマ摺りの衣裳を透けて下の薄紅福絆の色や模様がほのかに見える技法は、版画の定石でありながらこの絵にはなはだ恰当した効果をあげています。バックは白雲母を施し、しっとりとした感触が画面をおおっています。豊広としてはかなり花やいだ色調を用いながら、彼の抑えたつつましやかな人柄が、静かな美しさに醇化させた感のある作品であります。机上の封じ文に「から琴」と見える宇はこの妓女の名でしょう。見入る扇の地紙内の文字は「侭川面 よるへなき山家育のわしらまて つかみ附たき君か俤」とよめる(カッコつきの振り仮名は私意によってつけた)。
歌川豊国 Utagawa Toyokuni